2023年度
『ドラことば ~心に響くドラえもん名言集~』 紹介者 浪花朋久(大学チャプレン)【2024年1月5日掲載】
小学館ドラえもんルーム編集、監修:藤子プロ 小学館 1,320円(税込)
「未来なんて、ちょっとしたはずみで、どんどん変わるから。」
(『ドラえもん』12巻112頁:本書68頁)
ご紹介するこの本には、漫画『ドラえもん』の名言がたくさん詰まっています。
こう聞くと皆さんは、「ドラえもんの言葉よりも、秘密道具が欲しい」と思われるかもしれません。しかし私たちが、より生きやすくなるための秘密道具は、「言葉」なのです。
ドラえもんをはじめとしたキャラクターたちの言葉は、私たちに心の余裕を与えてくれます。読み終わると、疲れた時には、のび太くんのように「一生懸命のんびり」すればいいし、友人や家族から助けられた時には、ジャイアンのように「心の友よ!」と叫んでいいのだと思えてくるからです。時にドラえもんは、悩んでいるのび太くんに厳しい言葉をかけますが、そこには友としてのドラえもんの愛が込められていることも、本書で紹介されています。
「余裕が欲しい」と思った時に、この本をご一読いただければ幸いです。
『宮沢賢治 デクノボーの叡智』 紹介者 林みどり(文学部教授)【2024年1月5日掲載】
今福龍太 新潮選書、2019年 2,200円(税込)
宮澤賢治といえば『銀河鉄道の夜』、『風の又三郎』、『どんぐりと山猫』などの「子どもの」童話でしょうか。教科書で触れた抒情溢れる「永訣の朝」や「雨ニモマケズ」の祈りのような詩でしょうか。賢治なんて、子どもじゃあるまいし、教科書じゃあるまいし、ですって?賢治なんていらないなんて誰が言った?賢治の全作品にあらわれる語句のなかで、もっともたくさん使われている語は「風」であるということ、つぎに「空」、そして「鳥」、また「すきとほる」という動詞であることをあなたは知っていますか。くたびれた背嚢を背に負って、ハンマーを担いで北上の山中に石の採集に向かう賢治の後ろ姿を想像したことがありますか。渡り鳥が横切るすきとほった空のもと風に吹かれながら石の採取に向かう賢治を思い浮かべてみて下さい。大地のマグマと宇宙が交信するひとつのミクロコスモス、それが賢治の世界なのです。酷暑の疲れと凍える冬の狭間にあるいまこそ、これまで読んだことのない賢治、見たことのない賢治、感じたことのない賢治の神話宇宙に浸ってみませんか。
入口は、ここにあります。
『子どもの算数、なんでそうなる?』 紹介者 水澤靖(理学部教授)【2024年1月5日掲載】
谷口隆 岩波書店(岩波科学ライブラリー302) 1,540円(税込)
とても変に思われるかもしれませんが、次のような疑問を持ったことがあります。「私にとっての赤は、もしかしたら他の皆には青に見えていて、皆は青を赤と呼んでいるだけではないのか?」確かめようもありませんし、困ることもありませんでしたが、どう見えているにせよ、赤という概念を皆と共有できていることは確かです。では他の概念として、「数」はどうでしょうか。「私にとっての1は、他の皆にとっても1なのだろうか?」黒板に書かれた数字の1は、記号としてはただの線分でしかありません。光の周波数の違いを感じ取ることとは異なり、視覚や聴覚によって、1という数の概念そのものを直接感じ取っているわけでもありません。それなのに、黒板を皆と一緒に見ているとき、1という概念を皆と共有できています。私が数えて1個であるものは、他の皆が数えても1個であるという確信があり、ちょっとだけ安心した気持ちになります。では、このような概念の共有は、いったい、いつどのようになされたのでしょうか。「私にとって1とはこういうものだけど、あなたはどう?」などのように、誰かと説明し合った記憶もありません。そうしますとやはり、それは子どもの頃のはず、と思い至ります。ですが、自分がどうであったかまったく思い出せません。子どもたちは数の概念に、どうやって馴染んでゆくのだろう。そんな疑問にも、やさしく応えてくれる一冊です。
『再興 THE KAISHA 日本のビジネス・リインベンション』 紹介者 細田雅洋(経営学部助教)【2024年1月5日掲載】
ウリケ・シェーデ 著(渡部典子 訳) 日本経済新聞出版社 2,750円(税込)
日本は「失われた30年」と揶揄されていますが、本書では、日本社会の変化と日本企業の変革の様子が海外研究者の視点で考察されています。具体的には、日本社会や日本企業が培ってきた良い要素を残しつつ、日本企業がどのように変革・再興を遂げ日本の存在感をアジアや世界で高めていくのか、日本社会の歴史的変遷と日本企業の事例をもとに考察されています。さらに、こうした変革を進めるにあたって、経営学の理論(例えば「両利きの経営」)が役立ちうるという気付きが得られると思います。是非手に取ってみてください。
『嘘つきのための辞書』 紹介者 渡辺貴夫(図書館利用支援課)【2024年1月5日掲載】
エリー・ウィリアムズ 河出書房新社 2,750円(税込)
ネットで見つけた紹介文に、登場人物は辞書編纂者と書かれていたので、イギリス版「舟を編む」のようなストーリーをイメージした。が、実際は軽快でちょっと斜に構えたような、少し寂しかったり、吹き出したくなったりで、文章を追うスピードが次第に速くなった。
現代ロンドンの辞書出版社のインターンと、十九世紀の辞書編纂者の波乱万丈の日が交互に語られている。登場人物が生きていた時代は違うが、ともにスワンズビー社で働いている。現代のオーナー兼編集者のデイヴィッドはインターンのマロリーにフェイク語を洗い出すように指示をする…。
ストーリーを通して、折に触れて出てくる英単語とその意味、それらにまつわる登場人物たちの会話。英単語からそれぞれ引き出される意味はしっかりとストーリーの世界を盛り上げている。一気に読み通すこともできるし、時間をおいてコマ切れに読んでも飽きないと思う。登場人物たちのように今一つぱっとしない時、ぱらっとページをめくって見るとすぐにその世界へ飛び込める。
(この本は池袋図書館に所蔵しています。)
『もうあかんわ日記』 紹介者 丹羽祥太郎(しょうがい学生支援室)【2024年1月5日掲載】
岸田奈美 ライツ社 1,650円(税込)
生きているともうダメかもしれないと思うことは誰にもあるだろう。そんな時はこの「もうあかんわ日記」を読むといいかもしれない。
著者と家族の日常のエッセイ(日記)であるが、同居する母親は難病の大手術後に車いす生活となり、父親は他界、祖母は重度の認知症、弟はダウン症という状況。頼れるのは自分自身。毎日が困難の連続である。しかし、著者の言葉を介すと悲劇しか起こらないような日常も喜劇に変えてしまう。
苦境で風前の灯火のような毎日も、視点を変えるとどんな状況も楽しめる、言葉にすることでいくらでも気分は変えられることをこの本では教えてくれる。そして、自分も力強く生きてゆこう。そんな気持ちにさせてくれる。
著者は学生の皆さんとあまり変わらない年齢なので、少しでも皆さんが共感できる部分があると思う。
2022年度
『沈黙』 紹介者 浪花朋久(大学チャプレン)【2023年1月10日掲載】
遠藤周作 新潮文庫 649円(税込)
17世紀頃の江戸時代の日本を舞台に、1人のキリスト教の宣教師の姿が描かれています。ポルトガルにいた主人公ロドリゴは、師と仰ぐフェレイラが日本での布教活動中に棄教した(キリスト教信者であることを捨てる)との知らせを受け、日本へ向かうことを決意します。日本に着いたロドリゴたちが見たものは、幕府の弾圧に苦しみながらも信仰を捨てない人々の姿でしたが、ロドリゴたちも幕府に捕まってしまいます。
当時の人々の貧しい生活模様を描く中で、生きるための葛藤などの様々な苦しみに、神は何故応えられず沈黙しているのかということをテーマした作品です。しかし苦しみ続けるロドリゴに、神は遂に応えられます。「踏むがいい。お前の足の痛さをこの私が一番よく知っている。踏むがいい。私はお前たちに踏まれるため、この世に生まれ、お前たちの痛さを分かつため十字架を背負ったのだ。」
「どうして、この様な不運が降りかかってくるのか?」、「どうして誰も助けくれないのか?」、私たちがこのように思う時、神の沈黙を感じます。しかし、私たちが沈黙だと思っている時にも、神は私たちを、私たちが想像し得ないかたちで救おうとされていることが、この作品でよく分かります。
苦しみという沈黙の時、必ず誰かが助けてくれるという希望を見出せる作品を、一度お読みいただければ幸いです。
『読書の方法――なにを、どう読むか』 紹介者 福嶋亮太(文学部准教授)【2023年1月10日掲載】
吉本隆明 光文社文庫 946円
読書論の本は世にたくさんありますが、それを「ものを考えるとはどういうことか」「書物を必要とする人間とはなにものか」という次元にまでつなげている本はほとんどありません。本書はそのような思想的な奥行きを備えつつ、読者を書物の森にまで案内してくれる稀なガイドブックです。
『ブルシット・ジョブの謎:クソどうでもいい仕事はなぜ増えるか』 紹介者 大倉季久(社会学部教授)【2023年1月10日掲載】
酒井隆史 講談社現代新書 1,012円
「ブルシット・ジョブ」は、「被雇用者本にでさえ、その存在を正当化しがたいほど、完璧に無意味で、不必要で、有害でさえある有償の雇用形態」のことを指す言葉で、人類学者、デヴィット・グレーバーが名付けた現象です。この本は、グレーバーの『ブルシットジョブ』の訳者による「ブルシット・ジョブ」解説本です。
この「ブルシット・ジョブ」は「クソどうでもいい仕事」などと訳されたりもしますが、具体的にどのような「仕事」を指すのでしょうか。本書では、以下のような種類の仕事が「ブルシット・ジョブ」に当てはまる仕事として挙げられています。
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誰も見ない書類を作成する事務
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価値がないとわかっている商品を広める広報
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上司の虚栄心を満たすだけの部下
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偉い人の虚栄心を満たすためだけの秘書
今の世の中では案外「よくある仕事」、つまり多くの人が何らかのかたちで従事している仕事が含まれることに驚かれるかもしれません。ですが、こういった世の中に意味のある貢献をしていると人びとが実感できない仕事、時には有害ですらある仕事が今、世界中で増殖し、働く意欲のある人々を苦しめていることが、この本では紹介されています。これは一見、常識外れの現象です。というのも、現代の企業や政府は、効率性を何よりも重視し、そのためにムダを徹底的に省き、そのためには容赦ない人員削減もいとわない、というイメージが強いからです。こうしたイメージに反して、ひとつひとつのタスク(業務)を複雑化させ、無意味な仕事を次から次へと生み出し、その仕事に就く人びとを悩ませているのが現代だ、というのが本書の見立てです。
こういった仕事は枚挙に暇がありません。そして多くの人々がそれに悩み、苦しんでいました。しかし以前は名前がありませんでした。多くの人々が思い悩む現象に「名前を付ける」ということの戦略的な意義を実感させてくれる書籍だと思います。
『四分の一世界旅行記』 紹介者 小倉和子(異文化コミュニケーション学部教授)【2023年1月10日掲載】
石川宗生 東京創元社 1,980円
本書は、SF作家の石川宗生が2017年5月から10月までかけて行ったバックパッカーの旅の記録です。行き先は中央アジアからコーカサス、東欧の15か国。中国の新疆ウイグル自治区に始まり、パキスタン、キルギス、ウズベキスタン、カザフスタン、アゼルバイジャン、ジョージア、アルメニアを経て、トルコ、ブルガリア、ギリシャ、アルバニア、マケドニア、セルビア、ボスニア・ヘルツェゴビナまで、いわば地球の「四分の一」を踏破し、タイとベトナムを通って帰還します。
コロナ禍でなくても、倹約旅行だったとしても、それなりの資金と時間が必要であり、しかも現地の情勢が許さなければできない旅です。バックパッカーの旅は体力と知力の勝負。情報収集力、臨機応変な判断力、暑さ寒さへの適応力や健脚が問われますが、旅慣れた著者はガイドブックに書かれているような情報にはほとんど触れずに、旅先で出会ったユニークな人たちとのしばしのふれあいや所感をポップな筆致で綴っていきます。緊張を強いられるはずの(スリル満点な)旅なのに、いとも楽しげです。
「よそ」を知ることは「ここ」を知ること、己を知るには他者を知ることが必要です。旅をして自分と異なる人たちに出会うと、「こうでなければならない」と思いこんでいたことが急にどうでもよいことに思えてきて、心が自由になるのを覚えます。
気ままな旅がむずかしい今、こんな本を読んで少しだけ心を解放してみませんか?(出かけたくなってうずうずしてきてしまうかもしれませんが…。)
『君たちはどう生きるか』 紹介者 細田雅洋(経営学部助教)【2023年1月10日掲載】
吉野源三郎 岩波文庫 1,067円
2017年に漫画化されたことから、この本をご存じの方も多いと思います。主人公は本田潤一、コペル君というあだ名の15歳の少年です。各章は、コペル君の日常生活における出来事と、叔父さんがコペル君に宛てて書いたノートで構成されています。各章を通じて、人ととしてどうあるべきか、人生をどう生きるのか、ということを考えるきっかになると思います。同時に、学んだことにもとづいて、自分と社会の関係をどのように認識し、行動していけば良いのか、ということにも気づかされます。是非、手に取って読んでみてください。
『相対性理論 アインシュタイン』 紹介者 野原克仁(観光学部教授)【2023年1月10日掲載】
佐藤勝彦 NHK出版 1,100円
相対性理論と聞くと、アインシュタインが提唱した有名な理論ということは知っていても、その中身についてはよく知らないか、もしくはどこか難解でとっつきにくいものというイメージを持っている人も多いのではないでしょうか。この本は、そもそも相対性理論には特殊相対性理論と一般相対性理論の2つがあること、そして量子論と相対論が20世紀物理学の二大革命であることなど、分かりやすい背景から始まり、相対性理論とは何かを数学を使わず誰でも分かるように噛み砕いて説明してくれています。好奇心をくすぐられるような思考実験も数多くあり、身近な例から時空間についてとても平易に書かれています。例えば、動いているものは止まっているものより時間の進みが遅くなると言われても、よく分かりません。しかし、この本では、電車に乗っている人とそれを見ている人に分けて考える思考実験を用いて説明しています。また、アインシュタインの苦悩など相対性理論にまつわる周辺の話も書かれており、ストーリーとしても非常に魅力的です。重力が空間を歪めることが観測された!?、ブラックホールとは何なのか?、ビッグバンは提唱者ガモフのことを馬鹿にして名付けられた!?など、この本を手に取れば、誰もが思わず「へー!」「なるほど!」と言ってしまうような体験をすることができます。小さい頃、宇宙とは何なのか多くの人が考えたことがあるでしょうが、いつの間にか忘却の彼方に消え去ってしまったその好奇心の扉を、再び開ける第一歩になることでしょう。
『小津安二郎周游』 紹介者 滝浪佑紀(現代心理学部准教授)【2023年1月10日掲載】
田中眞澄 原著2003年 文藝春秋 2,933円、文庫版2013年 岩波書店 1,078円
小津安二郎は日本を代表する映画監督である。1903年に生まれ、1923年に松竹に入社、1927年に監督としてデビューし、1963年に亡くなるまで、『晩春』や『東京物語』を含む54本の作品を監督した。小津の初期作品はハリウッド映画の影響が色濃いモダンな雰囲気を反映しているが、後期作品は「侘び・寂び」に喩えられる日本的な「静けさ」の美学によって知られている。ハリウッド的であるにせよ、日本的であるにせよ、小津作品は一貫して独自の映画スタイル(「低いカメラ位置」や「視線の一致しない切り返し」など)と美的こだわり(小道具の選別や徹底した演技指導)によっても特筆されるべきである。2023年は生誕120年、さらに言えば松竹入社100年、没後60年にあたる。小津作品を見たことがないという人は、ぜひともこの機会に試していただきたい。
作品を見ればわかるように、小津作品は編集のリズムから細部の演出まで、観者を圧倒する大きな力を持っている。まずはこうした作品の力に身を委ねることが大切である。ただし、小津作品は映画美学とは異なる側面、あるいはそれと密接に関係しながら美学的達成という観点には還元できない側面を持っている。すなわち20世紀という歴史である。今回推薦したい田中眞澄著『小津安二郎周游』で、田中は綿密な調査からこの歴史的側面を明らかにしている。小津は西洋への憧れを強く持つ戦前のモダン文化から、第二次世界大戦を経て、映画が中心的役割を果たした戦後大衆文化までの時代を生き、またトーキー映画やカラー映画の導入といった技術的革新も経験した。田中は、映画雑誌や新聞といった同時代の記録を驚くほど広範かつ綿密に調べあげ、映画内外を含む小津の交友を縦横無尽に辿ることで、小津が映画を製作した歴史的文脈を描き出している。田中の生き生きとした筆致は、「ボクシングのお話」(助監督時代の小津とモダン文化)や「いろのみち、いろいろ」(カラー映画の導入)といった章のタイトルからも伝わってくるだろう。
映画鑑賞にとって、もっとも重要なのは作品を虚心坦懐に見ることである。しかし小津映画は歴史の厚みのなかで捉えられることで、その面白さを増すのである。『小津安二郎周游』は、20世紀の歴史という観点から小津映画の豊かさを示してくれる絶好の書である。
『ルポ 動物園』 紹介者 渡辺貴夫(図書館利用支援課)【2023年1月10日掲載】
佐々木央 筑摩書房 1,034円
この本の筆者は共同通信社編集委員でありながら、本学社会学部兼任講師も務めている。共同通信から配信する連載用に、動物や動物園で従事している人々に自ら行ったインタビューで得たエピソード等を元にした考察である。
この本を選んだきっかけは、動物や動物園をテーマにしていることから楽しそうなエピソードと共にほのぼのとした気持ちになれることを期待したからだが、いざ読み進めて行くと様子が違っていた。
筆者は、動物園を巡るうちに動物の名付けや名前の公表に積極的な動物園とそうでない動物園があることに気づいた。上野動物園では開園から昭和初期まで動物に名前を付けた例は極めて少なかったそうだが、昭和30年代後半から全ての大型動物に名前が付けられるようになった。その背景には個体に愛着や親近感をもって動物園に来るファンが増加したこともある。その一方で、動物園に従事する人達の中には動物に名付けに反対意見を持つ人たちもおり、その理由として管理運営上の面から「来園者が過度にその個体に感情移入すると、個体の移動や取り扱いに支障が出る」こと、また、「人と動物がこの地球上で共に生きていくために、私たちにはまず、動物を正しく理解することが求められる。そのためには、野生動物に名前をつけて擬人化し、人間の価値観を通して動物を見るのではなく、動物そのものと付き合うことから始めなくてはいけないのではないだろうか」といった意見を紹介している。
このように動物を巡る様々なテーマについて、人間には様々なものの見方があることを繰り返し語っている。物事を突き詰めて考えているように見えながら、結論を出さない筆者の姿勢にホッとするものを感じた。
『暗闇でも走る』 紹介者 丹羽祥太郎(しょうがい学生支援室)【2023年1月10日掲載】
安田祐輔 講談社 1,400円(税別)
「『私は何を行うべきか』との問いに答えられるのは、『どんな物語の中で私は自分の役を見つけられるのか』という先立つ問いに答えを出せる場合だけである」。
ひきこもり、うつ病、不登校、退学、発達障害。現在38歳となった著者の安田氏は、人生の中で様々な壁にぶつかりながらも、壁を自分の経験として活かしたことで、道が拓き、昔よりマシな自分なりの物語を歩むことができていると述べています。
安田氏は、大学卒業後に大手企業をうつ病で退職。その後、個別指導塾を設立し、現在は様々な困難を抱えた若者たちを、多くの仲間と共にサポートしています。そして、自らの挫折した経験を同じような境遇の若者たちに伝えています。
人の過去は変えられず、それによって苦しむ時があります。そんな時、苦しい自分や嫌な過去を自分の人生の物語の一部に組み込めないか、自分の経験として他者に活かすことができないか、怒り・悔しさという負の感情を暗闇の中でも走るためのバネにできないか考えてみるのもよいかもしれません。
多くの困難を抱えた1人の若者の視点を通じて、色々な物語(生き方)があることを教えてくれる本書は、若い皆さんに少しでも共感できるところがあるのではないかと思います。
『あと少し、もう少し』 紹介者 恩田知代(学生部)【2023年1月10日掲載】
瀬尾まいこ 新潮社 あと少し、もう少し 1,650円(税込)
寄せ集め6人のメンバーが、運動経験がない美術教師の新米顧問とともに、駅伝県大会を目指して挑戦します。陸上の経験度はバラバラ、家庭環境も異なり、6人それぞれが特徴ある個性の持ち主です。活動中にはぶつかり合うこともあり、いつも全員が良い雰囲気で練習に参加しているわけではありません。それでも駅伝当日には、一人ひとりが「あと少し、もう少しみんなと走りたいから、絶対に襷をつなぐのだ」という、強い思いで走る姿が描かれています。陸上経験0の顧問が、技術的な指導とは別の形でメンバーと関わり、結果として彼らが成長していく姿も魅力です。陸上や駅伝のことがよくわからなくても大丈夫。読んでいると、自分も「あと少し、もう少し」と走者になったように感じ、沿道の応援が聞こえてくる気がしました。ぜひ手に取ってみてください。
『君が夏を走らせる』 紹介者 恩田知代(学生部)【2023年1月10日掲載】
瀬尾まいこ 新潮社 1,650円(税込)
「あと少し、もう少し」で寄せ集めメンバーの1人だった大田くんが、高校2年の夏に1か月、アルバイトで先輩の1歳10か月になる娘鈴香の子守をする話です。泣かれたり、ご飯を食べなかったり、何をしてほしいのかも全くわからず、振り回されて奮闘する日々ですが、いつしか大田くんは、鈴香がおいしく食べられるように、鈴香が喜ぶようにと、鈴香のために自分の時間を使うことに意味を見出していきます。鈴香もそんな大田くんとの生活に慣れていきますが、やがて出産のため入院していた鈴香の母親の退院が決まり、2人で過ごす夏が終わります。1か月はあっという間に過ぎますが、大田くんは鈴香の面倒を見る経験から、多くを学んでおり、駅伝ランナーの時とはまた別の姿が見られます。ちょっとせつなさも感じられる1冊です。
2021年度
『ブロードキャスト』 紹介者 菅原春美(社会連携教育課課員)【2022年1月18日掲載】
湊かなえ KADOKAWA 単行本1,650円(税込)、文庫本726円(税込)
「イヤミス(読後、イヤな気持ちになるミステリー)の女王」として知られる著者の、イヤミスでもなく代表作でもない本作。
中学時代、駅伝に打ち込み全国大会出場まであと一歩というところまで行った主人公圭祐が、陸上を続けるつもりで受験した高校の合格発表の帰路に交通事故に遭い、陸上部入部を断念。同じ中学出身の正也に声の良さを買われ、放送部でラジオドラマ制作をすることに誘われるところから物語は始まる。
物語を通して感じられるのは、主人公圭祐の不本意感や、もやもやとした迷い。体育系に打ち込んできたからこそ感じる文化系部活動への、「自分はここで燃焼できるのか」という思い。大学に入学しても、似たような思いを感じている学生は多いのかもしれない。自分の居場所はここで良いのか、自分の仲間は彼らで良いのかと。入部早々放送部で全国コンクールに向けた濃密な一学期を経験した後、夏休みに受けた手術の経過が良好で、再び陸上部入部という選択肢を得た圭祐は、陸上部と放送部どちらの活動を選ぶのか。
文庫本に特別収録された最終話では、圭祐を放送部に誘った正也の中学時代、思わぬところに転がっていた脚本の師匠との出会いが語られる。
視点や立場が変われば、見えてくるもの、考え方もおのずと変わってくるということを、さらりと示してくれている。何か打ち込めるものがあるのは、それが何であれ素晴らしいと思える。イヤな気持ちにならず、大きく感情を揺さぶられることもなく読める本。時には平穏な読書も良いものだと思った。
『花を見るように君を見る』 紹介者 岩間暁子(社会学部教授)【2021年11月2日掲載】
ナ・テジュ著 黒河星子訳 かんき出版 1,650円(税込)
新型コロナウイルス感染症の感染拡大から1年半以上が過ぎました。2019年までの当たり前の生活が一変するなかで、ふと、疲れや寂しさを感じる時間が増えている人もいるかもしれません。そんな時にお勧めしたいのが詩集です。詩集は1ページあたりの文字数が少なく、余白が広めにとられているので、疲れている時でも負担を感じずに読めると思います。
この詩集は、1945年生まれの韓国の詩人ナ・テジュ氏が教員としての仕事の傍ら綴ってきた詩がブログやTwitterなどで紹介されたことをきっかけとして、2015年に韓国で出版されました。
「おわりに 日本語版に寄せて」によると、1971年から一日も休まずに60年間詩を書き続け、何冊もの詩集を世に送り出してきたものの、読者からの反応はほとんどなかったそうです。ところが、70歳で出版されたこの詩集は文学愛好者以外、とりわけ若い世代を中心に広く読まれました。2020年には、50万部を超える大ベストセラーになりました。日本による朝鮮半島の植民地支配、朝鮮戦争、軍事独裁政権、民主化といった激動の時代を生きてきた詩人の詩が若い世代にも愛される理由として、ナ氏の詩がもつ「普遍性」があるように感じます。ここでは次の詩をご紹介します。
「祈り」
私がさみしいなら
私よりもっとさみしい人のことを
想ってあげられますように。
私が寒いなら
私よりもっと寒い人のことを
想ってあげられますように。
私が貧しいなら
私よりもっと貧しい人のことを
想ってあげられますように。
ましてや私が卑しい身なら
私よりもっと卑しい人のことを
想ってあげられますように。
そうして折に触れて
自ら問いかけ
自ら答えられますように
(本書、87ページ)
随所に添えられている花や草木、田園風景などの挿絵も、豊かな詩の世界に誘ってくれます。
『風が強く吹いている』 紹介者 丹羽祥太郎(しょうがい学生支援室職員)【2021年11月2日掲載】
三浦しおん 新潮社 1,045円(税込)
コロナ禍である今、世界はさまざまな困難に直面していますが、普段私たちが生活している中でも思いがけず困難に直面することはあります。
この本は大学生がさまざまな困難に立ち向かいながら、ゼロから箱根駅伝に出場するという話です。生きていれば嫌なこともたくさんあり、それらと真剣に向き合うことは面倒なことです。でも、面倒で嫌なことに向き合う作業は、少しずつ確実に自分を前進させる。その繰り返しで経験が積み重なり、いつの間にか大きなゴールにたどり着いている…。単純だけど難しいことです。この本に登場する大学生たちは、そうした行動の繰り返しで箱根駅伝という舞台にたどり着きました。
未来のことは誰にも分りません。だからこそ、ほんの少しだけでも自分の困難に向き合い、今できることを見つけて動くことでしか、未来(ゴール)は見つからないのだと思います。
この本は、そんな「よし、大変だけど自分もちょっと動いてみるか」という想いを起こさせてくれるスパイスになる気がしています。物語に登場するのは、皆さんと同じ大学生。読んだ皆さんに少しでも共感するものがあると思っています。
『金閣を焼かなければならぬ 林養賢と三島由紀夫』 紹介者 金子玲子(学生相談所カウンセラー)【2021年10月6日掲載】
内海健著 河出書房新社 2,640円(税込)
大変読み応えがあります。上梓された年は三島没後50年でもあり、いろいろなところで取り上げられたので、それらを通して紹介します。
本書は『金閣を炎上させた若き僧侶・林養賢に対して、精神科医の「メタフィジカルな感性」を駆使して肉薄し、人間と社会、文学と制度、主観的精神と客観的精神の根本問題に迫ろうとした、全体化的モノグラフの傑作。(中略)「リアリティーへの回路が半ば閉鎖」された言語を駆使した「離隔」の作家を探る第一級の三島論にもなっている』(石川健治2020年9月5日朝日新聞朝刊)。後年「美に対する嫉妬」という犯行動機が独り歩きしてしまいますが、著者は『金閣放火は「語りえぬもの」であり動機などない。養賢さんにまつわる流言飛語や仮説をそぎ落としていく作業になった』(2020年12月15日同紙)と語っています。また、『三島を生涯苦しめ続けたのは、現実・他者と自分自身との「離隔」、「実は自分は存在していないではないか」という生きている実感の薄さだった。(中略)自分自身の肉体をありありと実感できない。だからこそ、三島は万巻の書を読み、卓越した知性を駆使し「言葉で構築されたリアリティーの代替物」を作り出さざるを得なかった』(太田啓之2020年11月22日同紙)と分析しています。三島は太宰治の情死のような「退廃的な死」を最も恐れたそうですが、著者は『太宰治は何とか救い出したいと思っている一人』(前出)と挙げています。それが解き明かされるのを楽しみに待つことにしたいと思います。
著者は『日本語は、丁寧に扱うことを怠ればプリミティブな情動がそのまま出てしまう。読んでいただける文章にするには、彫琢する、粘り強くカンナを掛けなければいけないと思ってきた』(2021年1月29日同紙)という通り、文章は格調高くありますが難解ではありません。時間のある時に、というより時間を作って読みたい1冊、です。
『なぜ僕らは働くのか-君が幸せになるために考えてほしい大切なこと』 紹介者 林良知(キャリアセンター職員)【2021年10月6日掲載】
佳奈著 池上彰監修 イラスト モドロカ 学研プラス 1,650円(税込)
TVでも引っ張りだこの池上彰さんは、本学の客員教授(2021年現在)でもあることを皆さんご存知ですか?
社会で起こる様々なことについて誰にでもわかりやすく伝えることが上手な池上彰先生ですが、この本でも後多くの皆さんも直面することになる「働くこと」について、"好きな仕事をする"、"得意なことを仕事にするという"等、さまざまな視点から、とてもわかりやすく書かれています。
池上先生の得意なターゲットである小学生~中学生向けは勿論、私のような大人にとっても改めて、「なぜ働いているのだろう?」と考える良い機会になりました。
今まさに将来の進路について考えている就職活動中の学生から、まだ大学に入ったばかりの学生まで、そして、私たち大人も、いろいろな人に読んで欲しい一冊です。
『クリティカル・ワード メディア論』 紹介者 滝浪佑紀(現代心理学部准教授)【2021年10月6日掲載】
門林岳史・増田展大編 フィルムアート社 2,420円(税込)
映画、テレビ、新聞、コンピューター、スマートフォンなど、わたしたちはさまざまなメディアに囲まれて生きています。それなくは多くの情報を知りえないし、ほかの人たちとのコミュニケーションもいちじるしく制限されてしまいます。メディアはわたしたちの生活の一部になっていると言えるでしょう。しかしみなさんは、このメディアとは何かという問いを、すこし立ち止まって考えたことありますか?
この著作『クリティカル・ワード メディア論』は、キーワード集という形式をとって、メディアについて広い視野から再考するきっかけを与えてくれます。たとえば、この著作で最初に挙げられる三つのキーワード「身体」「知能」「遊び/ゲーム」を例にとれば、こうした語がどうしてメディアと関係があるかと不思議に思う人もいるかもしれません。しかし、メディアは道具としていつも身体とともにありますし、人工知能(AI)は現在の最重要な論点ですし、ゲーム産業はテレビやコンピューターとともに大きく発展しました。メディア論の射程は、わたしたちが狭い意味で思い浮かべるような「メディア」の問題よりもはるかに広いのです。
テレビや新聞などの旧来からのマスメディアは、ニュースを公平に伝達しているでしょうか?SNSは真実を伝えているでしょうか?こうしたメディアリテラシーやポストトゥルースの問題も忘れてはいけません。わたしたちがメディアを正しく使うためにも、そしてメディアを公的なものへ開いていくためにも、わたしたちとメディアの関係はもう一度問い直されなければならないのです。
繰り返しになりますが、この著作はいくつものキーワードごとに、細かなセクション(35あります)に分かれています。かならずや自身にとって関心のあるセクションがあるはずです。そこから読み始めて、関連のあるセクションも読み進めれば、メディアに関してより深く広い洞察が得られるでしょう。
『仕事にしばられない生き方』 紹介者 片山睦枝(学生相談所カウンセラー)【2021年10月6日掲載】
ヤマザキマリ著 小学館新書 968円(税込)
夏休みの宿題である読書案内を書くことになり、最近は動画ばかり見ている私はさてどんな本を紹介しようかと考えながら過ごしていました。以前からトークが面白い方と思っていたヤマザキマリさんがラジオやテレビに出演してされているのを見聞きしこれで行こうと思い選んだのが本書です。
子どもの頃からお金について考えさせられ苦労させられてきたマリさんは「心してかからないとやられてしまう」と言います。自分にとって何が大事で大事ではないのか価値観をしっかり持っておかないとお金というパワフルな価値観に絡め取られてしまうとご自身の体験や仕事歴を考察しつつ語ってくれていてそのエピソードは時に壮絶、時に爽快でラジオやテレビでのトークと同じように飽きずに読むことができます。
前半ではそんなマリさんのそれこそ波瀾万丈な半生が語られているのですが「生きていれば何とかなる」「今の場所が合わなくても別の場所に行けばいい」「行き詰まったら俯瞰して見てみよう」という力強いメッセージがあちこちにあります。
私的に特に印象深いのは『テルマエ・ロマエ』が生まれた経緯についてです。映画でしか観たことはないですがローマ時代の浴場技師が現代日本の温泉にタイムスリップするという奇想天外な設定なのですが荒唐無稽な印象が全くなく妙にしっくりくる感じがしていました。17歳から湯船につかる文化のない外国暮らしが長いマリさんの「あ~お風呂に浸かりたい」という渇望と古代ローマ人のお風呂への情熱へのシンパシーから生まれたという舞台裏のエピソードがなるほどと思いました。マリさんの身体を通して生まれたストーリーだからしっくりきたのだろうと思います。マリさんの他の作品、『スティーブ・ジョブス』や『プリニウス』も読んでみたいしエッセーも読んでみたいと思いました。
『谷川俊太郎質問箱』 紹介者 青山知央(学生相談所カウンセラー)【2021年10月6日掲載】
谷川俊太郎著 東京糸井重里事務所 1,572円(税込)
この本は、幅広い世代の人たちから投げかけられた64の質問と、詩人の谷川俊太郎さんの回答を収録したものです。質問は身近な物事、対人関係、仕事、生き方など多岐にわたります。ふと出てきたような素朴な疑問もあれば、その人が長いあいだ抱えてきたであろう問いもあります。
谷川さんの回答は、全体的にやわらかく、あたたかさを感じますが、時々ユーモラスでクスッとしたり、鋭さにドキッとしたりします。それから、じーんとすることも。知らない人の質問やそれに対する回答なのに、読むとこんなにもこころが動きます。「どうして、なんで」という問いのもっと奥に、その人の言いたいことや気持ちが隠れていることがあります。谷川さんのことばは、問いの奥に触れるのです。あなたのこころに触れるような質問や回答が、この本にあるかもしれません。
質問と回答はだいたい1ページずつと区切りの良いレイアウトになっているので、最初から読んでもよし、気になるところだけ読んでもよし、その日のご縁でパッと開いたところを読んでもよし。ゆるくてかわいい挿絵も魅力的です。答えなんてないのかもしれない、でも問わずにはいられない…そんな時はこの本を手に取ってみてください。
『自分の中に毒を持て―あなたは“常識人間”を捨てられるか』 紹介者 古川真由美(学生相談所カウンセラー)【2021年10月6日掲載】
岡本太郎著 青春出版社(青春文庫) 514円(税込)
なんだかぼんやりしていて疲れたなぁ。いまいち、やる気が出ないなぁ。そんな日がないでしょうか。私自身も、自分の中の火、根本的な生命力が、弱まっていたり消えていたりするような感覚のときがあります。そんなときに思い出して手に取りたくなるのが芸術家の岡本太郎さんの本です。岡本太郎さんが私に直に語りかけてくれます。「毒」ですから、決して生易しくはありません。けれど、不思議と勇気づけられるような気持ちになるのです。
岡本太郎さんの人生は、紹介しきれないほどドラマティックです。ぜひご本人の語りで感じてほしいです。18歳で画家を志し単身パリに暮らし、カフェではピカソやバタイユ、カンディンスキーなど若い世代の芸術家と語り合い、燃えるような青春を過ごしたのち、1940年、戦争前夜の日本に帰国し、30を過ぎて兵役に駆り出されることになります。そして、自分の作品があらかた燃えてなくなってしまった戦後の中年期から今、わたしたちが知る岡本太郎になってゆくのです。
生き抜いてきた実体験からくる生身の言葉の力強さと、剥き出しの生命力にうたれて、なにかちょっと火をわけてもらったような気になります。綺麗ごとではない剥き出しの力に触れたい、教科書的な正論ではない言葉を浴びたい、ちょっとぶっ飛んでいても面白く生きている大人に会ってみたい。そんな気分のときに、是非、お勧めしたい一冊です。
岡本太郎さんに関心をもたれた方は、是非、直接、岡本太郎美術館や万博記念公園などで作品に触れてみて下さい。また、たくさんの優れた美術評論やエッセイなども残してくれています。美術作家タナカカツキさんの漫画『オッス!とん子ちゃん』もとてもお勧めです!岡本太郎さんのアートの紹介を通して、「私らしくあるとは何か」「真に自由に生きるとは?」などの問いかけになっている希有な作品です。ギャグ漫画なので、難しく考えなくともゆるく楽しんでもらえると思います。
『モスキート・コースト』 紹介者 荒川望(学生相談所カウンセラー)【2021年10月6日掲載】
ポール・セロー著 中野圭二, 村松潔訳 文藝春秋社 中古版(1,221円他)
本書の著者ポール・セローはその海外生活経験の長さから多くの旅行記を著していて、ロンドンから日本までの鉄道の旅をノンフィクションとして描いた旅行記「鉄道大バザール」などの代表作を持つ。日本における作品でいうと沢木耕太郎の「深夜特急」の位置づけなのだが、彼のフィクション、文芸小説に関しては旅人が勝手に思い描く理想が旅先で見るも無残に散っていく様を描くことが多く、今回ご紹介するのもそのような一冊である。
時は米ソ冷戦時代、アメリカに暮らす発明家のアリー・フォックスは激しい苛立ちを感じながら家族と生活をしていた。己が評価されず貧しいままで思い通りにならない不満を、アメリカが次第に管理社会化し製造業が衰退する状況に責任転嫁していく。次第に彼の狂気に満ちた考えは加速、家族に核攻撃によってアメリカは滅亡したと嘘をつき自らを評価しないアメリカを捨て未開のジャングルのあるホンジュラス、モスキート・コーストに強引に移住してしまう。アリーは家族に午前4時の勇気をもって立ち向かうよう鼓舞、未開の地で理想の世界を作り上げようとする。熱帯雨林で種苗保存に氷が必要となり巨大なビルほどの大きさの製氷機を作り上げ彼は一歩ずつ理想へ近づくのだが…。
この物語は自らを天才として信じてやまないアリー・フォックスの転落の様をフォックス家の長男チャーリーの視点で紡いでいく。父に振り回され傷つき疲れ果てた彼の家族は紆余曲折を経て本国に戻ることになるが、アリー・フォックスが罵倒し尽くしたアメリカが息子の目には輝いて見えたとして締めくくられる。悪夢の旅に付き合わされた家族の旅の終わりは、悪夢から目が醒めること=現実に生きることかも知れない。本書に爽快感はないが、心に何か残るものを求める方にはお勧めできる一冊である。
『新訳版 愛するということ』 紹介者 イケダ美穂(学生相談所インテーカー)【2021年10月6日掲載】
エーリッヒ・フロム著 鈴木晶訳 紀伊国屋書店 中古版(1,076円他) 新装版(1,430円)
この本は1959年に旧訳、1991年に新訳が出版されましたが、その後現在に至るまで読み継がれている名作です。著者のエーリッヒ・フロムは新フロイト派の1人とされ、精神分析に社会的視点をもたらした人物です。この本の中でフロムは、「愛は技術である」という視点から愛について論じています。
フロムは愛の問題について人々がもつ誤った前提として、①人は愛の問題を「愛されるという問題」として捉えており、どうすれば愛されるのかを重要としている ②愛することは簡単だが、愛するにふさわしい人間を見つけることが難しいのだと考えている ③恋に落ちた状態、互いに夢中になった状態を愛の強さだと思いこんでいる という3つをあげています。その上で愛とは、「愛する者の生命と成長を積極的に気にかけること」、そして「与えること」であるとしています。
この本を読み、愛について改めて気づかされることがたくさんありました。そしてフロムが指摘するように、愛について誤った前提を持っていたように感じます。生きていく中で自然と体験を通して愛を学んでいくものだと思っていましたが、技術として学ぶという視点で考えることのできるこの本は新鮮なきもちで読むことができるのではないでしょうか。
2020年度
『シッダールタ』 紹介者 古川真由美(学生相談所カウンセラー)【2020年12月17日掲載】
ヘルマン・ヘッセ著 高橋健二訳 新潮社(文庫)572円(税込)
バラモンの子、シッダールタは、両親や友人に愛され恵まれた環境を飛び出して、悟りを求めて苦行者たちと旅立ちます。そして長い遍歴の旅が始まりました。
この本を選んだのは、私自身がもっと早くに、若いときに出会っていたかったと思ったからです。けれども同時に、年齢を重ねた今だからこそ深く沁みることもあるように感じました。『シッダールタ』には、人生のどのような年代を生きている人にも内側から響く言葉があるのではと思います。一ページずつ、シッダールタの生涯を共に生きた読書体験は特別な時間になりました。きっとこの本は手放さず、幾つになっても折に触れて読みたいときがあるだろうと思います。大事な人が贈り物として選んでくれた本でもあります。私にとっても大切になったこの物語を是非、皆さまにご紹介したいと思いました。
この物語には、最も聖なるものから最も俗なるものまで、深淵な知恵や哲学的な思索だけでなく、商売やお金、俗世で生きることの全てが描かれています。人生のどのようなときにも、五感の全てで十全に体験すること。一瞬一瞬に静かな決断をもって行為すること。有の中に無を見て、無の中に有を見ること。シッダールタの旅から、そよぐ風、流れる川の水音、木陰で鳥の鳴く声、色々な香りや音を味わい体感することができるでしょう。
ヘッセの『デミアン』、『荒野の狼』、『車輪の下』など、他の著作もお勧めです。仏教についてさらに深めてみてもいいでしょう。『ブッダのことば(スッタニパータ)』を始めとした中村元さん訳のたくさんの本で仏陀自身の言葉に耳を傾けてみて下さい。またインドの哲学や宗教的な面に関心がある方には『バガヴァット・ギーター』、『ヨーガ・スートラ』などもお勧めです。『シッダールタ』は、たくさんの生きた知恵との出会いも開いてくれるのです。
『サピエンス全史』上下巻 紹介者 荒川望(学生相談所カウンセラー)【2020年11月30日掲載】
ユヴァル・ノア・ハラリ著 柴田裕之訳 河出書房新社 各巻2,090円(税込)
今夏、COVID-19に関してNature誌に「新型コロナウイルスの重症化の遺伝要因」との報告が発表されています。この報告の中でCOVID-19重症化のリスク要因として、ネアンデルタール人から引き継いだ染色体の影響が挙げられています。ネアンデルタール人やホモサピエンスが登場するこの報告を聞いて「サピエンス全史」を想起された方もいらっしゃるかも知れません。
ユヴァル・ノア・ハラリ著の「サピエンス全史」は、2017年度のビジネス書大賞を受賞するなど注目を集めた書籍で、ホモサピエンスの7万年の歴史で現在に至るまでの連続性を、独自の視点で人類史として考察しています。著者は冷ややかに淡々と、生物進化の中で現れては消えていった他の生物と同様の視点でホモサピエンスの推移を観察しつつ、ホモサピエンスが生物の頂点にある状況は偶然だが、その要因として“虚構”という存在を得たことを挙げています。虚構、すなわち神話やまじないを信じる能力が、多くの人数の統率を可能ならしめ、言語の複雑化をも可能ならしめた要因であるとし、その集団行動と統率をもってネアンデルタール人を始めとする他の霊長類を圧倒し、進化を生き延びることが出来たと指摘しています。そして、本書における虚構というテーマは、臨床心理学での象徴機能に相当します。象徴は存在に意味性を付与出来ますが、同時に根拠のない妄信へとたやすく姿を変える力も持っています。知性をもって情報を検証し、その正当性を常に吟味してこそ指針足り得る象徴となります。本書を通じて、新たな視点から我々の今を検証されてみては如何でしょうか。
『天と地の守り人』全3巻 紹介者 菅原春美(社会連携教育課職員)【2020年11月30日掲載】
上橋菜穂子著 偕成社(単行本・軽装版・電子書籍版)、新潮社(文庫版)
単行本 各巻1,650円(税込) 軽装版 各巻990円(税込)
電子書籍版 1巻658円,2巻617円,3巻700円 文庫版 1巻693円,2巻649円,3巻737円(すべて税込)
2020年は東京オリンピックを開催して、世界中の人々を迎えようとしていた日本。コロナ禍という未曽有の事態が世界を襲うなんて、いったい誰が想像していただろう。
外国へ旅をするのが難しいこんな時代に、家に居ながら世界を眺め、思索を深めることができるのは、Google Earthも良いけれど、読書ではなかろうか。
『天と地の守り人』が含まれる「守り人シリーズ」は、1996年にシリーズ第1作である『精霊の守り人』が出版された。女用心棒バルサが皇子チャグムを守る冒険譚が描かれている1作目以降、バルサが主人公の『~の守り人』と、チャグムが成長していく『〜の旅人』の2つの物語が交錯しながら書き継がれ、この『天と地の守り人』で合流、完結する。物語の舞台が小さな皇国から周辺国へと広がっていき、最終作となる本作では、大国との戦禍に巻き込まれたバルサとチャグムの再会、奮闘、帰還が描かれている。出版されたのは2007年、2016年にはNHKでドラマ化されているので、このシリーズを、知っている、観たことがある、子供のころ読んで育ったという人も多いであろう。
すべてが人力や馬力であった産業革命以前の中央アジアあたりを想起させる国々を舞台に、現代の私たちが享受している便利さ、スマートフォンに代表されるようなデジタルツールが全くない世界で、自身と大切な人たちの身を必死に守り、戦い、生きる主人公たちの姿は、ファンタジーの世界であるのに、逆に「リアル」に感じられる。時折描かれる食事の場面は、目の前に湯気や香りが立ち上ってくるようで、ほっこりとさせられる。
著者の上橋菜穂子氏は立教大学で学び、博士課程でアボリジニ研究を修められた文化人類学者であり、研究者ならではの言語、宗教、食文化への深い洞察が散りばめられている。物語の世界から還って来た時、湧いてくるのは、しっかり食事を噛んで味わって生きて行こうという普遍的な気持ちだ。
『すばらしい季節』 紹介者 岡本美穂(学生相談所インテーカー)【2020年11月30日掲載】
ターシャ・テューダー著 末盛千枝子訳 現代企画室1,650円(税込)
この本は1966年に初めて出版され、1993年には日本語版が出版されました。2度の絶版がありましたが、そのたびに復刊となった名作です。作者のターシャ・テューダーは、23歳の時に最初の絵本を出版して以降、100冊以上の絵本をかいています。彼女自身はアメリカ・ヴァーモンド州の山の中で、たくさんの小鳥を飼い、庭には数えきれないほどの美しい花を咲かせ、2匹のコーギ犬とともに、自然の中へ身を置いて暮らしていたそうです。そのため彼女の実際の姿はあまり知られてこなかったようですが、それでも彼女についての本がつくられたり、彼女の絵本が復刊となるなど、人々が彼女の作品を求めてきたように思われます。
今回ご紹介する「すばらしい季節」は、農場で暮らす女の子、サリーの1年を描いています。春には小鳥のうたを聞き、夏には干し草つくりを眺め、秋にはりんごを食べ、そして冬には冷たい空気のにおいをかぎ、サリーは全身で四季を感じています。素敵なイラストも添えられているので、サリーの1年を通し、読者も四季の移り変わりを感じられることでしょう。五感を使って四季を感じ、味わうことのすばらしさを教えてくれる本です。様々なものに溢れた現代の生活の中では見落とされてしまうことがあるかもしれませんが、日々の生活の中に季節を感じさせてくれるすばらしいものとの出会いがあり、感じ方次第で世界の見え方が変わっていくのではないかと思います。自然に癒されたい方はぜひ手に取ってみてください。
『「精神科医の禅僧」が教える心と身体の正しい休め方』 紹介者 片山睦枝(学生相談所カウンセラー)【2020年11月30日掲載】
川野泰周著 ディスカヴァー・トゥエンティワン1,650円(税込)
表紙の帯には「マインドフルネス×禅×精神医学」「寝ても取れない疲れその原因は、『脳の疲弊』!」とあります。私的には大変キャッチ―でこれは読まなくてはという気にさせられました。私がカウンセリングでお会いする方々にはメンタルヘルスにとっていかに睡眠が大事か、休養をしっかりとることが大事かを日々お話しつづけていますが、睡眠もまあまあとれていて、休養もとれているにもかかわらず脳が休まっていないケースが結構あるのです。
健康度の高い方々であっても時間、場所、人間関係や役割に縛られながら生活しています。現代社会で暮らす私たちは今日や明日、遠い未来や過去に関する気がかり、心配事、目の前の雑事、趣味や人付き合いなど頭を休める暇なく様々な考え事が常に頭の中を巡っています。空を見上げてぼーっとすることは案外難しいのが現状ではないでしょうか。
そういう私たちに著者はマインドフルネス的に一つの作業に意識を集中させること=シングルタスクが脳を休めてリフレッシュさせてくれるのだ、と教えてくれています。そして、道場に通って座禅を教わらなくても日常生活の中でできるマインドフルネス的な実践の数々を伝授してくれています。
「1分でいいから呼吸に集中してみよう」「3分でいいから歩く瞑想をやってみよう」と短時間でも脳を休ませてリフレッシュできることが自己肯定感やレジリエンスを高めてくれる、と著者は励ましてくれます。
呼吸に集中しながらありのままの身体感覚に気持ちを向けるということが実践できることでそれまで頭の中を巡っていた気がかりからほんのひと時でも離れることができる、この「ほんのひと時でも離れること」こそが、脳のリフレッシュなのだと思います。
『私は私のままで生きることにした』 紹介者 岩間暁子(社会学部教授)【2020年11月10日掲載】
キム・スヒョン著 吉川南訳 ワニブックス1,430円(税込)
この本は2016年に韓国で出版され、累計で100万部を超えるベストセラーになったエッセイです。世界的な人気アイドルグループであるBTSのジョングクが愛読書として紹介したことで一気に火がついたとか。2019年に翻訳が出版された日本でも既に20万部を超えるベストセラーとなっています。
著者のキム・スヒョン氏(33歳)はイラストレーター兼作家の女性ですが、大学卒業後に希望していた大企業への就職に「失敗」した経験が作家になるきっかけとなったそうです(『新東亜』2020年8月号、pp.308-317より)。
親しみの感じられるイラスト付きの本書は「自分を大切にしながら生きていくためのTODO LIST」「自分らしく生きていくためのTO DO LIST」「不安にとらわれないためのTODO LIST」「共に生きていくためのTO DO LIST」「よりよい世界にするためのTO DOLIST」「いい人生、そして意味のある人生のためのTO DO LIST」という6つのパートから構成されています。各パートには10本程度のエッセイが納められていますが、エッセイは数ページの読みやすい分量です。例えば、「不安にとらわれないためのTO DO LIST」のパートには、「しんどいときには、しんどいと言おう」「本当の解決策を見つけよう」「不安だからと手当たり次第に必死にやらない」といった9つのエッセイが収められています。
20代に著者が悩んだこと、「失敗」や「挫折」の経験、その時々に味わった感情を丁寧に掘り下げ、自分と対話しながら紡ぎ出したことばには、説得力と普遍性があります。新型コロナウイルス対策が日常となり、時には疲れや不安を感じるこの時期に、気軽に手に取れる、そして、読んだ後に前向きになれるお勧めの本です。
『喋々喃々』 紹介者 恩田知代(学生部職員)【2020年11月10日掲載】
小川糸著 ポプラ文庫726円(税込)
その季節だからこそおいしい野菜やくだもの、四季の草花、年中行事などを無理なく日々の生活に取り入れて、変化を楽しんでいる暮らし方が好きです。読んでいるだけで、四季の移り変わりを感じながら、自然と心が落ち着きます。
『学生が出会うリスクとセルフマネジメント―社会人へのステップ―』 紹介者 山中淑江(学生相談所カウンセラー)
逸見敏郎・山中淑江編著 学苑社2,000円+税
立教大学の全学共通科目で行われた学生部・学生相談所の提案授業をもとに編集しています。カルト、依存、インターネット、デートDVなど学生の周囲にあるリスクを通じて、健康な人間関係や「大人になる」とはどういうことかを考えるガイドになります。
『大学生のストレスマネジメント―自助の力と援助の力―』 紹介者 山中淑江(学生相談所カウンセラー)
齋藤憲司・石垣琢磨・高野明著有斐閣 2,000円+税
著者は東京大学と東京工業大学のカウンセラーです。勉強、人間関係、進路など学生のストレスとそれへの対処について学ぶ本です。「なるほど東大」な感じが面白いです。上の本と読み比べてみるのも一興かと。