| レポーター | 村田 千織さん |
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活動レポート
2025年9月からラオスのUNICEF(国連児童基金)で活動中の村田さんのレポートです。
2026年1月
立教大学からの先生方の訪問(Eduten視察)
1月下旬には、立教大学から先生方がラオスを訪問され、現地での活動視察(主にEdutenプログラムの視察と教師へのインタビュー)を行いました。今回の訪問にあたり、Edutenを導入している小学校の中から訪問校を選定し、学校への連絡や日程調整、同行メンバーのコーディネートを行いました。加えて、車両の手配や、訪問の目的、現地でのモニタリング内容、質問リストの共有など事前に必要となる情報共有を含め、事前準備に関わる一連の調整を一貫して担当しました。
この経験を通して、一つの訪問が実現するまでの細かなプロセスを理解し、調整業務においては一つひとつの関連先や担当者との密接な連携を積み重ねることが必要となることを学びました。そしてそれらを最後まで責任を持ってやり遂げる力が身に着いたと感じています。
当初は他国連機関のラオス事務所への訪問も予定されていましたが、スケジュール調整は想像以上に困難でした。何度連絡しても連絡が取れないという状況に直面し、自ら訪問依頼書を作成したり、レセプションへ直接足を運んで相談したりと、可能な限りの対応を行いました。交渉には多くの時間と返信を待ち続ける忍耐も必要でしたが、文化や業務慣行の異なる相手とやり取りをする際には、自分の常識を基準にせず、相手の状況を理解した上で粘り強く働きかけることの重要性を学ぶ経験を得ることができました。
また、これまでに続き今回のEdutenに関する現場視察を通しては、デジタル教育の支援介入に対する理解も深めることになりました。デジタル技術は、その導入の仕方によって受け入れ側への影響が大きく異なるため、適切に活用されれば開発の進展に寄与する一方で、既存の不平等をさらに拡大させてしまう可能性もあります。これは「デジタル・デバイド(Digital devide)」とも呼ばれ、デジタル技術の普及には多額の資金が必要となる場合が多く、その投資ができない人々は、デジタルツールにアクセスできる人々と比べて取り残されてしまうという課題もあります。このことから、支援を設計・実施する際には、意図せず負の影響を生み出してしまう可能性について慎重に検討する重要性を改めて認識しました。また、現場の実際のニーズだけでなく、ドナーの意向や政府の戦略、予算的な割当によって導入の意思決定がなされうる懸念についても、開発業界では敏感に意識し、本当に必要なのか?そして現場のニーズに沿っているのか?という視点を常に持ちながら支援の必要性を検討していくことが大切であると気付かされました。
ウィークリーチームミーティングでのアイスブレイク担当
1月からは、毎週のチームミーティングの冒頭15分程度を割いてもらい、アイスブレイクを担当させてもらえないかと提案させていただき、その役割を担うことになりました。
背景としては12月以降、チームのメンバーが半数程度に減少したことから、チームの結束力を高めたり、議論を活性化させたりできればという想いがありました。同時に、残りわずかの期間の中で、チームのなかで自分から発言し提案するスキルを身に着ける最後の機会でもあると考えました。
毎回の担当後には、上司やメンバーからフィードバックを必ず聞き取りました。その中で、徐々に「学生という立場だからこそ持つ視点」からの提案や気付きが求められていることを把握していきました。
教育分野で長年の経験を積んだメンバーのなかで、自分に提案できることはなにがあるのだろうと迷ってしまうこともありましたが、モニタリング調査をはじめとした現場での気付きや、これまでに取り組んできた国際報道に関する偏りについての課題意識とラオスの教育課題の関連など、自分だからこそ得ることのできた視点を軸にディスカッションを促すようにしました。すると、当初予定していた15分を超えて議論が白熱するほど、チーム全体が主体的に意見を交える場面が多々ありました。この経験を通して、たとえ今の知識や経験が豊富でなくても、ためらわず、尻込みせずに自分の持つ視点をチームに共有することには価値があり、それが議論を深めることも大いにあるという面白さを手ごたえをもって実感することになりました。
ソーシャルメディア・広報戦略
1月以降は、教育セクションとしての立場から、UNICEFの教育分野における取り組みや貢献をソーシャルメディアで発信する役割を担いました。特に、1月24日の国連が定める「国際教育デー」に合わせたコンテンツの作成にも携わりました。
実際に取り組む中で感じたのは、複雑な活動内容を、限られた文字数の中で短く分かりやすく伝えることの難しさです。また、ソーシャルメディアには多様な発信方法があり、読み手の関心を引くためには創造性や新しいアイデアも求められます。広報チームが目指す発信戦略と、教育セクションとして伝えたい現場の実態の両方を的確に表現するためには、両者の相互の理解と密接な連携が不可欠であると感じました。その間に立って両者をつなぎ、いかにチームが得た「現場観」を第三者に伝えていくか、その難しさを経験しました。
ラオスの文化に浸る その3
同僚からの勧めで、ラオスのアーティストとして活躍するMickさんという方の個人展に訪問しました。展示は彼の自宅兼スタジオで開かれており、首都ヴィエンチャンの風景から彼の出身地であるフアパン県の風景、人物画や風刺画など多岐に及ぶ作品を見せていただきました。
その中でも、特に目を引いたのは壁一面を覆う巨大な風景画で、作品の左側から右側にかけてラオスの南部から北部までの多彩な伝統と文化が詳細に描かれています。作品を通して豊かなラオスの文化を垣間見ることができ、その中でもいくつかをピックアップしてみました。
①ブン・バン・ファイ
ロケット祭りと呼ばれ、手作りの竹で作ったロケットを空に向かって打ち上げ、田植えの始まる前の時期に、豊富な雨と農作物を願う行事。

②モン族の毬投げ
12~1月ごろ、ラオスの少数民族「モン族」にとってのお正月に行われる行事。男女が分かれて二列に向き合って並び、毬をキャッチボールのように投げ合って相性を見極めるお見合い的な意味合いをもつ。現在は交流など、単純な遊びとして行われることもある

③バーシー
祝い事や人生の節目となるときに行われる伝統的な儀式で、手首に白い糸を結びつけ、精霊を体内に呼び戻し、体内から出て行かないようにという願いをこめた神聖な行事


④ピーマイ・ラオ(ルアンパバーン)
プーニュー・ニャーニューという、日本の獅子舞に姿の似た伝説の祖霊の仮面をかぶった演者が正月パレードに登場し、豊穣や守護を願う。

⑤フアパン県での織物の様子
ラオスでも最高峰とされる織物の地、フアパン県で織物をつくる様子

また、Mickさんの故郷フアパン県はラオスの共産主義革命勢力「パテート・ラオ」の本部が置かれていたこともあり、ベトナム戦争下で米軍によって爆弾が投下され、今でもその多くが不発弾(UXO・Unexploded Ordnance)として残り、ラオス国内の中でもその被害を大きく受けた地のひとつでもあります。彼が幼少期にUXOによって友人を亡くした経験や、母親が戦争下で軍人から逃げた経緯などのお話を伺い、ラオスの人々の心と生活に今なお影を落とす過去の歴史の重みも作品から学ぶことになりました。
また、ラオスの若い世代の人々が出稼ぎによってラオスを離れる現状を風刺的に描いた作品など、現代社会の課題をも鋭く表現した作品も印象的でした。
ラオスという国が持つ豊かな文化の魅力と、歴史の影や社会課題、両側面を映し出す作品に魅了され、ラオスという国をさらに知る、心に残る出会いでした。


