| レポーター | 村田 千織さん |
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活動レポート
2025年9月からラオスのUNICEF(国連児童基金)で活動中の村田さんのレポートです。
2026年2月(最終回)
Edutenモニタリング・キャッチアップミーティング
2月には、MoES(教育スポーツ省)、Edutenスタッフ、そして各学校の教師と共にEdutenモニタリングのミーティングに参加しました。ミーティングでは、Edutenの基本的な使い方の再確認に加え、教師が日々の実践の中で感じている課題や困りごとについて丁寧に聞き取り、その場で助言や対応策の共有を行いました。10月にUNICEFとEdutenによる教師研修が実施されていましたが、数日間の研修のみで、実際の教室運営の中で生じる不安や疑問を完全に解消することは難しいのが現実です。そのため、導入前のトレーニングだけでなく、定期的なフォローアップやモニタリングを通じた継続的な支援が不可欠であることを学びました。
プログラムの成果は単なる資金支援や機材供与で達成されるものではなく、その後の裨益者の能力強化や継続的なフォローアップによって支えられることを実感した経験でした。
そして、私にとって初めてのインターンを経験した国際協力NGOで最初に言われた「与える援助」ではなく、「協力して伴走する」ことが今の国際協力で求められているという言葉を思い出し、まさにその言葉の意味を身をもって理解し、腑に落ちた瞬間でした。今後開発協力に携わるうえで非常に重要な示唆を得たと思います。
政府向け年間計画会議(Annual Work Plan)を通じた政策理解
プログラム終盤には、教育スポーツ省との年次ミーティング(Annual review and work plan meeting)に参加し、それに向けたプレゼンテーション資料の作成にも携わりました。Educationセクションの取り組みをどのように整理し、政府関係者に分かりやすく伝えるかを意識しながらスライドを作成したことで、自分が日々関わっている業務が、教育政策や国レベルの枠組みの中に位置づけられていることを理解できました。単なる資料作成ではなく、「政策構築の一端を担っている」という意識を持つことができた点は、大きな学びとなりました。また、ミーティング内では、UNICEFの支援成果を報告するとともに、次年度以降の教育分野における支援の方向性について議論が行われました。政府との対話の場に参加することで、教育政策の優先順位や予算、各ドナーとの役割分担など、よりマクロな視点から教育支援を捉える機会となりました。ユニセフに来て2週間目の頃に政府会議に参加した際は、議論の背景や専門用語が理解できず、内容についていくことに必死だったことを思い出しました。それに比べて今では、会議の目的や文脈、各発言の意図を理解しながら議論を追えるようになり、自分自身の5か月間の成長を実感しています。現場レベルの業務に加え、政策レベルでの視点を得ることができたのは、政府のキャパシティ・ビルディングと現場支援の双方に関わるUNICEFという国際機関で活動したからこそ得られた経験であると感じています。

国連ユースボランティアに至るまでと、このプログラムで学んだこと、そして今後のキャリアについて振り返る
私は2021年に立教大学に入学する以前から、このプログラムに漠然とした憧れを抱き、いつか参加し、国連の一員として活動したいと考えていました。そして、国連ユースボランティアプログラムの参加者に選ばれるには何が必要かを逆算した結果、NGO、JICA、大使館、国際ニュースサイトなど、さまざまな機関でインターンシップの経験を積み重ねてきました。今振り返ると、当初は「国連ユースボランティアに行くこと」が目的であり、それらの経験はあくまで手段でした。しかし次第に、それらの積み重ねそのものが、自分の大学生活を語る上で欠かせない要素となり、国際協力という分野に深くのめり込んでいく自分がいたことに気付きました。
大学2年次に初めて参加したフィリピンでのNGOツアーでは、スーツケースいっぱいにお菓子やおもちゃを詰め込み、それを現地の子どもたちに配ることが、当時の私にとっての国際協力でした。しかし、その後も国際協力の現場に足を運び、多様な関わり方に触れる中で、自分が関わりたい国際協力のあり方は大きく変化していきました。「与えること」が支援であると考えていた19歳の私から、「共に伴走するために支援すること」の重要性に気づくようになったのだと思います。
そして何より、そのような気づきを与えてくれたのは、現地の人々と顔と名前のわかる距離で接した経験があったからでした。いわゆる先進国と開発途上国という単純な二分では捉えきれないということ、そしてそうした関係性の背後にある周縁化された構造が、過去の歴史やメディアによって形づくられていることにも気づかされました。
開発途上国と呼ばれる国々を訪れて最も印象に残っているのは、人々の優しさ、自然の豊かさ、そして文化に根付いた生活の豊かさなど様々ですが、中でも、何不自由ない日本での生活とは対照的な環境に身を置きながら、言語も文化も外見も異なる人々と、同じ地球で「いま」を生きているのだという実感を得たことでした。
そのなかで、水、食料、衣服、教育、進路といった、これまで当たり前に自分が自分の意思で選択してきたものが、必ずしもすべての人にとって当たり前ではないという現実にも直面しました。そして、それらを享受できてきたことは、自分自身の努力の結果では決してないということにも気づかされました。

難民キャンプで移動も仕事も制限された生活を送る人々、農村地域で教育を受ける機会がなく家業を手伝う幼少期や青年期を過ごす人々、天候に生活が大きく左右される環境にある人々。同じ国の中でも、大雨の日に暖かい家で過ごせる人と、住まいごと流される危険の中で生きる人がいるという現実。ジェンダーを理由に他人の家で働かされる子どもや、過酷な労働環境に置かれる人々、安全な医療にアクセスできず命を落とす人々や、防ぐことのできる病気に苦しむ人々。
これらの現実は、日本にいたままでは、たとえ知識として知っていたとしても、現実味をもって実感することはできなかったと思います。
近年、「日本にも多くの課題があるのに、なぜ海外支援を行うのか」という声が、広く支持を得ていると思います。確かに、日本国内にも解決すべき課題は数多く存在していると思います。しかし、日本は本当に自国の課題を単独で解決してきたのだろうか、と考えると新たな視点が浮かぶと思います。戦後の歴史を振り返れば、日本もまた、数多くの国際機関や他国からの支援を受けながら経済発展を遂げてきました。
他者の課題を「他人事」として捉える考え方が正当化されつつある背景には、おそらく人々が世界の課題に無関心になり、そしてそうした課題を知る機会すら限られている現状があるのではないかと感じています。
現地の人々の文化の違いや能力強化の課程での葛藤、日本と比較すれば必ずしも生きやすいとは言えない環境の中にあっても、そこには必ずその国の魅力があります。そして、その国の人々の生活をより良くする力になりたいと心から思える…。そんな国々と出会ってきました。「開発とは何か」「支援とは何か」「援助とは何か」といった問いに向き合い続けた経験は、まさに現在の私を形作っていると考えています。
国連ユースボランティアプログラムにおいて、学部生としてUNICEFで活動した5か月間は、それまでの経験とは異なる視点を得ることができた経験でした。ODA二国間協力や現地密着型のNGOのアプローチとは異なり、政府をカウンターパートとし、現地の人々のキャパシティ構築を重視する点が特徴的で、これは19歳のときにスーツケースに詰め込んだおもちゃだけが支援ではなかったかもしれなかったという気付き、そして、本当に人々の生活を改善するためには、政策レベルからの変革と長期的な関わり続けることが不可欠であることを実感していきました。
国際協力は「特別な誰かだけが担うもの」ではなく、「一人ひとりの関心や行動から始まるもの」であると感じています。また、ボランティアとは単に「誰かのために何かをすること」にとどまらず、自分とは必ずしも身近ではない社会課題や遠くの国の問題を、自分ごととして捉え続ける姿勢を持つことだと考えています。
今後は、昨年度に立教大学で立ち上げたボランティア団体「Ekshathe」で、国際協力課題を自分事として捉える学生を増やし、ワークショップ企画やフェアトレード促進、コミュニティを広げる活動をOGとして支えるほか、4月からは低・中所得国に所在する在外公館(大使館)において、現地国のNGOをはじめとする草の根の団体や地方自治体を支援する草の根無償資金協力というスキームに関わるポジションで業務を行う予定です。この業務では、現地団体との密接な対話と交渉、そしてモニタリングを通じて、市民が直接裨益する支援の実施に携わることになります。UNICEFでの活動を通じて培ったモニタリングの経験や、地域住民の声を丁寧に聞き取り課題解決につなげる力を活かしながら、現場に根差した支援に貢献していきたいと考えています。そして、その実践を通じて、国際協力に対する自らの問いをさらに深め続け、今後の国際協力のキャリアを構築していくことを心から楽しみにしています。
